鳥取県と島根県から成る山陰地方には、古代エジプトのように、古代世界を今に伝える文化財が数多く残っています。 それらの文化財群が伝えるストーリーは、世界遺産の登録基準に当てはめても違和感がなく、世界遺産になってもおかしくありません!
当てはまる登録基準
| (ⅱ)交流 | : | 古代東アジアの交流を通じて変化した古代日本の政治体制・技術・文化・宗教 |
| (ⅲ)文化・文明 | : | 独自勢力から支配されるまでの変遷を伝える、それぞれの痕跡 |
| (ⅳ)建築・技術 | : | 世界最古級の木造建築様式や古代日本での青銅器技術・製鉄技術など |
| (ⅵ)伝統・宗教・芸術 | : | 古書との深い関係性と、文化芸術への多大な影響 |
それでは、この登録基準と概要で述べた内容を、詳細に紹介していきます!
まだ見ぬ古代日本をお楽しみください!
1:ストーリー
(世界遺産に相応しいと考えられる理由)
●政治体制の変遷
弥生時代➡古墳時代➡奈良時代
古代中国の歴史書『魏志倭人伝』によると、弥生時代(紀元前3世紀~3世紀中ごろ)の日本列島は100ほどの小国に分かれていたと記されています。 その小国が集まる日本列島で有力な勢力だったのが、山陰地方に拠点を置いた王国です。
山陰地方の王国(以下、仮の名称で古代山陰王国)では、弥生時代の山陰地方でしか見られないような、独自の文化が築かれていました。 その象徴的な存在が、山陰に多く分布している弥生時代の墓・四隅突出型墳丘墓です。 古墳とは違う、変わった形の墓があるんだ~という理解で大丈夫です。 この墓は、最大で一辺50メートルにもなる大きさからも、古代山陰王国の王族が眠る墓だと考えられています。 大部分が山陰に存在していますが、山陽や北陸にも少し分布しています。 この墓の分布を見れば、弥生時代の古代山陰王国がかなり広い地域に影響力を持っていたかがわかります。
関連する文化財:
阿弥大寺古墳群・妻木晩田遺跡・福市遺跡・荒島古墳群・西谷墳墓群
また、古代山陰王国では建築技術においても独自性が進んでいました。 弥生時代に山陰で成立した神社建築・大社造は現存する日本最古の建築様式のひとつです。 この建築様式で建立された神社は、現在でも形を変えることなく、山陰各地に残存しています。 その代表例が、有名な出雲大社です。 古代の空中神殿に注目されることが多いですが、その上に建つ本殿の建築は建設当時から大きく姿を変えていません。 このような大社造の神社本殿は、古代山陰王国時代の建築技術を今に伝える存在でもあるのです。


関連する文化財:
出雲大社・美保神社・佐太神社
更に、古代山陰王国は経済力もかなりものだったことがわかっています。 山陰から出土している青銅器の数は日本有数で、その強大だった財力を伺わせます。 他にも、日本最大級の集落跡を筆頭に、多くの集落も発掘されており、多くの人々が暮らしていたこともわかっています。


関連する文化財:
荒神谷遺跡・加茂岩倉遺跡・妻木晩田遺跡・福市遺跡・青木遺跡・田和山遺跡
古代出雲王国のイメージ図も挿入しておきますね。
つまり山陰地域は、弥生時代に繫栄した古代王国の痕跡を墓・建築様式・青銅器・集落跡などの様々な要素から知ることが出来る、日本でも数少ない貴重な地域なのです。
弥生時代➡古墳時代➡奈良時代
時代が進み、古墳時代に入ると山陰地方もヤマト政権の支配下に入ることになります。 この頃、全国では支配・服従の証として前方後円墳などの古墳が築かれ始めます。 山陰地方では、弥生時代の影響からか、方墳も数多く築かれました。 そして、もちろん前方後円墳も多く、特に鳥取県は全国でもトップレベルの多さを誇っています。 他にも、古墳内部から発掘された宝物からも、山陰の豪族とヤマト政権が深い関わりだったことがわかります。


関連する文化財:
橋津古墳群・向山古墳群・荒島古墳群・大庭鶏塚古墳・山代二子塚古墳・山代方墳・今市大念寺古墳・上塩谷築山古墳・上塩谷地蔵山古墳
古墳時代後期の飛鳥時代に入ると、大陸から仏教が伝来します。それをきっかけにして、ヤマト政権の支配の象徴は古墳から仏教寺院へと変わります。 そして山陰地方でも豪族の手によって、多くの仏教寺院が建立されました。 山陰の豪族が建立した寺院には、山陰独自のデザイン(例:山陰型鴟尾)が存在したことがわかっており、仏教寺院からも山陰の独自性を見ることが出来ます。 そして山陰地方の仏教寺院跡は寺院の敷地全体が保存されている遺構が多く、地方寺院の見本として申し分ない価値を有しています。
関連する文化財:
斎尾廃寺跡・上淀廃寺跡
山陰地方の古墳と仏教寺院からは、ヤマト政権には従うものの、独自の勢力を維持しようとする豪族の行動が見て取れます。 その行動を裏付けるものは他にもあります。それが、産業開発です。 この時代の山陰地方では新たな産業が多数操業を開始しています。 その代表的なものが、勾玉とたたら製鉄で、両方とも一大ブランドとして古代日本で認知されていたようです。 経済的な独立についても模索が続けられていたことが、これら新産業の遺構から見て取れます。


関連する文化財:
出雲玉作跡
つまり山陰地方の古墳時代とは、ヤマト政権には従うものの、独自勢力の維持を模索し続けた時代と言えるでしょう。
弥生時代➡古墳時代➡奈良時代
奈良時代となると、日本史上初の中央集権国家が成立します。 それに合わせて地方豪族の時代は終わり、中央から派遣された国司(官僚)による地方統治が始まります。 住民や産業はそのままに、支配する立場に大きく変化があった時代と言えるでしょう。
山陰地方への赴任を命じられた国司は、山陰道(官道)を経由して山陰地方に向かいました。 そして各地の国庁(役所)に赴き、従来の地方豪族に代わって地方統治を実行しました。


関連する文化財:
青谷上寺地遺跡・伯耆国府跡・出雲国府跡・出雲国山陰道跡
このような地方統治は日本全国で行われていましたが、官道跡と国府跡が同一地域で揃って保存されているというのは極めて稀です。 そんな中でも、山陰地方は鳥取県と島根県の両県で山陰道跡と国府跡が保存されています。 奈良時代の律令国家による地方統治を語る上で、山陰地方以上に文化財が充実している地域は、まず存在していません。 弥生時代・古墳時代に留まらず、奈良時代においても豊富な情報を今に残しているのが、山陰地方なのです。
以上の3つの内容を整理すると、山陰は古代日本が統一されるまでの政治過程を伝える文化財が豊富に残っていることがわかります。
つまり、独自の王国が乱立する時代を経て徐々に中央集権国家へと政治体制を変化させていった古代日本の変遷を、山陰地方に残る豊富な文化財群は伝えています。
●宗教の変遷
弥生時代➡古墳時代➡奈良時代
弥生時代の遺跡が豊富に残る山陰地方には、当時の宗教・祭祀施設も数多く見つかっています。 これらは現在見られる天皇家と関係が深い神道とは異なり、独自の自然崇拝から成立した「原始神道」の跡と言えるでしょう。 先ほど紹介した青銅器や墓、神社などは祭祀の対象としても機能したとされ、古代日本の宗教についても垣間見ることが出来ます。


関連する文化財:
阿弥大寺古墳群・妻木晩田遺跡・荒島古墳群・田和山遺跡・美保神社・加茂岩倉遺跡・猪目洞窟遺跡・西谷墳墓群・荒神谷遺跡・出雲大社
仏教が伝来すると、豪族は仏教寺院を建立するようになります。 つまりこの時期、原始神道と仏教が入り混じる時代だったということです。 ヤマト政権としても、蘇我氏と物部氏の対立などから見てもどっちつかずの状態だったので、全国で混乱が生じたと想像できます。
関連する文化財:
斎尾廃寺跡・上淀廃寺跡
この状態は中央集権国家が成立するまで続きました。
弥生時代➡古墳時代➡奈良時代
奈良時代に入り中央集権国家となると、中央国家によって天皇中心の「神道」が確立されます。 そして、この神道と仏教を共に大事にするようにという決定が下されます。
神道と仏教を重要視したという象徴的な取り組みは、国司の行動から見て取れます。 地方に赴任した国司はまず、国内の有力な複数の神社に参拝をすることが習わしでした。 そして、国府(役所)の近くには仏教寺院である国分寺・国分尼寺を整備しました。 これは、国家によって神道と仏教が両方重視されたことと、その思想が地方まで浸透していたことを証明しています。
そして、国司に関連する文化財と言える国府跡、国司が参拝した神社、国分寺跡・国分尼寺跡の全てが残っているのは、日本で山陰地方だけです。
関連する文化財:
伯耆国府跡・伯耆国分寺跡・法華寺畑遺跡・出雲国府跡・佐太神社・出雲大社
古代日本の宗教の変遷を伝える文化財が豊富に残る山陰地方は、現代日本人の宗教のルーツを伝えるだけでなく、 世界的に見ても稀な、宗教の平和的融合という歴史を伝える貴重な地域なのです。
●説話・文化
弥生時代➡古墳時代➡奈良時代➡後世
山陰地方は、日本神話の舞台としても知られています。 そのルーツとなったのは弥生時代から古墳時代にかけて山陰地方で伝承されてきた説話(神話・昔話など)が元になっています。 山陰地方における国造り神話や、出雲大社の創建神話といったように、山陰地方に点在する既存の場所や建物に関する説話などが、山陰地方に住む人々によって形作られていきました。
関連する文化財:
美保神社・猪目洞窟遺跡・出雲大社・佐太神社
弥生時代➡古墳時代➡奈良時代➡後世
奈良時代になると、中央集権国家による歴史書の編纂と、地方による歴史・地理書の編纂が開始されます。 中央集権国家によって編纂された歴史書である『古事記』と『日本書紀』では、山陰地方が主要な舞台の一つとして登場します。 そして山陰地方では、独自の説話が収められた『出雲国風土記』が編纂されました。 当時、このような『風土記』は日本全国で編纂されたものの、そのほとんどは失われています。 ある地域の『風土記』は一文だけ伝わっていたり、別の地域では全ての内容がわからないといった状態です。 そんな中、ほぼ全ての内容が今でも残っているのは『出雲国風土記』だけです。 つまり山陰地方は、支配する側と支配される側、それぞれの視点から書かれた歴史書が揃って残っているという、非常に貴重な地域なのです。
それだけでなく、内容と関係する文化財も今に伝わっているという点も見逃せません。 山陰地方は単なる神話の舞台ではなく、古代の人々が語り継いだ説話の基となる文化財を、現代でも見ることが出来るという、世界的にも貴重な地域なのです。


関連する文化財:
美保神社・猪目洞窟遺跡・出雲大社・佐太神社・出雲国府跡・出雲玉作跡
このことからも山陰地方は、古代日本の説話や文化を語る上で象徴的な存在と言えるでしょう。
弥生時代➡古墳時代➡奈良時代➡後世
これらの古書は単なる古代日本の書物に留まらず、様々な分野で影響を及ぼしてきました。
まずは、芸術です。
『古事記』や『日本書紀』で描かれた内容は歌舞伎・能楽・文楽といった日本を代表する舞台芸術での演目の題材に選ばれてきた歴史を持ちます。 また、神楽で演じられる演目でも出雲の説話に基づくものがほとんどです。 他にも大和絵・和歌・音楽・彫刻など、様々な分野で山陰の説話が題材として選ばれ、日本文化の発展に貢献してきました。
次に、国際的な文化交流です。
そもそも『日本書紀』は、中国をはじめとするアジア諸国に向けて執筆されたものです。 古代のアジア諸国は、日本とはどのような国かを『日本書紀』で理解したものと思われます。 その際には山陰地方の神話は大きな存在感を誇っていたことは間違いありません。 近代になると、アジア諸国だけでなくヨーロッパ諸国との交流が盛んになったことで、ヨーロッパでの日本研究が始まります。 代表的な人物ではシーボルト、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)などが挙げられます。 そして、彼らが執筆した本には、はっきりと山陰地方の神話が登場します。 つまり、日本国外の人が初めて触れる「日本」のイメージは、山陰地方である可能性が高いと言えるでしょう。
山陰地方の説話に関する文化財は、古代日本を伝えるだけに留まらず、後世への影響もかなり大きいものがあるという訳です。
つまり山陰地方に残る文化財は、古代日本での政治体制・宗教の変遷が進む期間で成立した神話などの説話と深い関わりを持ちます・ また、後世では芸術や文化面で大きな影響力を持ち続けた点も、無視できません。
●ストーリーまとめ
以上の「政治体制の変遷」・「宗教の変遷」・「説話・文化」をまとめると、以下の図のようになります。
山陰地方には、以上の内容に関係する文化財が全て揃っています。 情報の豊富さからも、まさに世界に誇る文化財群と言えます!
2:構成遺産
全部で30の文化財を選んでいます。
| 資産名 | 種別 | |
|---|---|---|
| 1 | 阿弥大寺古墳群 | 墳丘墓/原始神道 |
| 2 | 妻木晩田遺跡 | 集落/墳丘墓/原始神道 |
| 3 | 福市遺跡 | 集落/墳丘墓 |
| 4 | 青木遺跡 | 集落 |
| 5 | 田和山遺跡 | 集落/原始神道 |
| 6 | 美保神社 | 大社造/原始神道/説話 |
| 7 | 加茂岩倉遺跡 | 青銅器/原始神道 |
| 8 | 猪目洞窟遺跡 | 原始神道/説話 |
| 9 | 西谷墳墓群 | 墳丘墓/原始神道 |
| 10 | 荒神谷遺跡 | 青銅器/原始神道 |
| 11 | 出雲大社 | 大社造/原始神道/神仏併存/説話 |
| 12 | 橋津古墳群 | 古墳 |
| 13 | 向山古墳群 | 古墳 |
| 14 | 荒島古墳群 | 墳丘墓/原始神道/古墳 |
| 15 | 大庭鶏塚古墳 | 古墳 |
| 16 | 山代二子塚古墳 | 古墳 |
| 17 | 山代方墳 | 古墳 |
| 18 | 今市大念寺古墳 | 古墳 |
| 19 | 上塩谷築山古墳 | 古墳 |
| 20 | 上塩谷地蔵山古墳 | 古墳 |
| 21 | 斎尾廃寺跡 | 豪族による仏教寺院 |
| 22 | 上淀廃寺跡 | 豪族による仏教寺院 |
| 23 | 青谷上寺地遺跡 | 官道 |
| 24 | 伯耆国庁跡 | 国府 |
| 25 | 伯耆国分寺跡 | 国による仏教寺院 |
| 26 | 法華寺畑遺跡 | 国による仏教寺院 |
| 27 | 佐太神社 | 神仏併存/説話/文化 |
| 28 | 出雲国府跡 | 国府/神仏併存/説話/文化 |
| 29 | 出雲玉造跡 | 説話/文化 |
| 30 | 出雲国山陰道跡 | 官道 |
3:ギャラリー(クリックすると拡大します)
4:似ている世界遺産

古代都市テーベと墓地遺跡(エジプト)
エジプト中王国時代から新王国時代の間、 約1000年に渡って古代エジプトの首都として栄えた古都テーベに残る神殿や墓地遺跡、 葬祭殿などから構成されています。この地で発見されたのがツタンカーメンの墓です!

トロイアの考古遺跡(トルコ)
古代ギリシアの都市遺跡で、ホメロスが書いた叙事詩『イリアス』に登場する「トロイの木馬」の舞台として知られています。 9つの時代ごとの都市が上に上に積み重なって層を成しているのが大きな特徴です!

百済の歴史地区(韓国)
紀元前18年から後660年までの間に朝鮮半島で繫栄した古代国家・百済に関する城跡や古墳群など、 8つの考古遺跡から構成される歴史地区です!
5:イラスト・イメージ図
6:作成者より
「出雲」とか「神話」って、難しいですよね・・・
私も、この内容に至るまでにすごく手こずりました・・・
ですので、このページを読んでいただけた皆さんには、世界遺産とか関係なく
簡単に読める古代山陰の情報元として扱ってもらえればOKです!
(簡単じゃねえ!って思われた方にはごめんなさい💦)
ただ、日本では弥生時代、古墳時代、奈良時代といったように 時代ごとに分けて考えてしまうので、時代の流れがわかりづらくなっています。 時代ごとに区切らずに歴史を見ると、 まるで川の流れのように進んでいく古代史がそこにはあります。 その歴史を最も豊富な情報量で伝えるのが山陰の文化財です。 世界的に見ても平和的な統一を実現した古代日本を 世界遺産のようなストーリーとして見ていくことは、 すごく面白いのではないかと私は思っています。
少なくとも、日本の歴史にはこんな見方もあるのか、 それを伝える文化財が山陰にはあるんだ、 と思っていただけたなら、嬉しく思います!
ほかにも、古代出雲といえば島根県を連想される方が多いと思いますが、 鳥取県にも古代出雲と関係のある遺跡や説話は数多く存在します。 なんなら、鳥取県抜きで山陰地方の古代史を語ることは非常に難しいです! ですので、このサイトでは「古代出雲」ではなく「古代山陰」と表記しています。 二つの県を一体的に見ることで、語ることのできる古代史がかなり充実するんです!
そして、このサイトで紹介した内容を、世界遺産に関係なく発信できれば、 山陰地方は日本における古代史の聖地になるかもしれません! 現在でも鳥取砂丘があるので、エジプト的なイメージは定着しやすいでしょうし。 そんな未来が待っていれば、面白いですよね~
7:参考文献・サイト
- 浮世博史『宗教で読み解く日本史』株式会社すばる舎(2019年)
- 藏持不三也『神話で訪ねる世界遺産』株式会社ナツメ社(2015年)
- 講談社編『世界遺産なるほど地図帳』講談社(2007)
- 五味文彦 鳥海靖『新もういちど読む山川日本史』株式会社山川出版社(2012年)
- 山陰史跡整備ネットワーク会議編『山陰史跡ガイドブック第2巻 山陰の古墳 ~古代ロマン探訪~』(2018年)
- 山陰史跡整備ネットワーク会議編『山陰史跡ガイドブック第3巻 山陰の弥生時代 ~山陰弥生回廊を歩く~』(2019年)
- 山陰史跡整備ネットワーク会議編『山陰史跡ガイドブック第4巻 山陰の古代遺跡 ~律令国家と風土記の時代~』(2019年)
- 島根県立古代出雲歴史博物館『島根県立古代出雲歴史博物館 展示ガイド』ハーベスト出版(2020年)
- 関裕二『「出雲神話」の真実―封印された日本古代史を解く―』PHP 研究所(2004年)
- 瀧音能之『風土記と古代の神々 もうひとつの日本神話』株式会社平凡社(2019年)
- 瀧音能之/鈴木織恵/佐藤雄一『古代風土記の事典』株式会社東京堂出版(2018年)
- 竹内清乃編『別冊太陽日本のこころ 268 風土記 古代の日本をひらく』株式会社平凡社(2018年)
- 平野芳英『古代出雲を歩く』株式会社岩波出版(2016年)
- 世界遺産検定事務局『すべてがわかる世界遺産大事典<上>』株式会社マイナビ出版(2016年)
- 世界遺産検定事務局『すべてがわかる世界遺産大事典<下>』株式会社マイナビ出版(2016年)
- 山本明『地図と写真から見える!古事記・日本書紀』株式会社西東社(2013年)
- 国指定文化財等データベース https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/index
- しまね観光ナビ/佐陀神能 https://www.kankou-shimane.com/destination/20750
- 島根県ホームページ https://www.pref.shimane.lg.jp/
- とっとり文化財ナビ http://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/index.htm
- 日本遺産ポータブルサイト http://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/index.html
- 文化庁 https://www.bunka.go.jp/index.html








