戦国日本の城郭遺跡群

岐阜城
図

地図

 中部・近畿地方に多く分布している戦国・安土桃山時代の城郭跡は、西洋で見られる技術や歴史とは大きく異なる、独自の技術・歴史を伝えています。 これら城郭跡からなるストーリーは、世界遺産の登録基準に当てはめても違和感がなく、世界遺産になってもおかしくありません!

当てはまる登録基準

(ⅱ)交流 大航海時代の東アジアの交流
(ⅲ)文化・文明 日本の戦国時代で見られる、世界的にも珍しい社会像
(ⅳ)建築・技術 中世日本の城郭建築技術

 それでは、この登録基準と概要で述べた内容を、詳細に紹介していきます!

 そしてこれが、本当の戦国・安土桃山時代です。

1:ストーリー
(世界遺産に相応しいと考えられる理由)


●戦国時代の社会情勢

争乱の時代

 15世紀以降の日本では、内乱によって中央政権の力が弱まり、地方勢力が自治を担わなけらばならない不安定な時代を迎えます。 戦国時代の始まりです。

 代表的な地方勢力といえば、戦国大名でしょう。彼らは山頂や急峻な地形に城を築き、外敵からの侵略に備えながら領内の統治を行いました。

戦国大名

関連する文化財:

一乗谷朝倉氏遺跡・小谷城跡・観音寺城跡

 戦国大名の他にも、寺社勢力も独自に武力を有していました。 僧兵と呼ばれる武装した僧侶が組織され、武士にも引けを取らない強さを誇りました。 そして寺院そのものも要塞化させ、ひとつの城のように各地に君臨していました。

寺社

関連する文化財:

百済寺・根来寺

 戦国大名や自社勢力の影響が及ばない地域では、民衆が合議で物事を決める共和制のような統治が行われていました。 この民衆の集まりは一揆と呼ばれています。 代表的なのが、忍者で有名な伊賀・甲賀、「百姓の国」と称された加賀などです。 そんな民衆による勢力圏においても、外部勢力に対抗するための城が築かれました。 伊賀・甲賀では家ごとに塀や土塁が設けられていたり、加賀では民衆によって城が整備されました。 そして民衆を結び付けていたのが、一向宗などの仏教でした。 仏教を背景として結束し、城を用いて防御を行っていた一揆は、戦国大名も無視できない程の勢力になっていきました。

忍者

関連する文化財:

伊賀国中惣遺跡群・甲賀郡中惣遺跡群

加賀

関連する文化財:

鳥越城跡

 以上のように、日本の戦国時代では、あらゆる身分の人が城を築き、外敵からの侵略を防ぎながら自治を行っていた、世界的にも珍しい時代と言えます。

天下人の登場

 この混沌とした時代を終わらせたのが、天下人たちです。

 最初の天下人と称されるのが、三好長慶です。 彼は中央政権で権力を得ると、周辺地域に当たる近畿地方の安定化を図るために大規模城郭を築き、政権運営の拠点としました。 そして、その大規模城郭には全国に先駆けて石垣を多用し、その権力を誇示しました。 石垣を多用した三好長慶の城は、その後の城郭建築に多大な影響を与えることになりました。

三好長慶

関連する文化財:

芥川山城跡・飯盛山城跡

 三好政権が短命に終わると、次に天下人となったのが、織田信長です。 三好政権が中央政府(室町幕府)の影響下の平定を担った一方、織田信長は本拠地である愛知県北部をはじめ、中部地方や近畿地方に及ぶ広い地域の平定を行いました。 その際、抵抗勢力だった戦国大名や寺社勢力、そして民衆による一揆が信長によって少しずつ弱体化、もしくは滅ぼされていきました。 これにより、地方勢力が力を持つ時代から、中央集権化へと舵が切られることとなりました。 その象徴として、権力誇示の目的で大規模な天守閣が初めて建設されました。 「見せる」役割が重要視され始めたのです。

織田信長

関連する文化財:

小牧山城跡・岐阜城跡・安土城跡

 そして織田信長の後を継いだのが、豊臣秀吉です。 彼は残りの抵抗勢力を滅ぼす、もしくは服従させていき、とうとう戦国時代を終結させます。 豊臣秀吉により中央政権が確固たるものとなると、防御目的で山上に築かれていた城は平地に近い場所に築かれ、権力の象徴として機能するようになりました。

豊臣秀吉

関連する文化財:

大坂城跡・大和郡山城跡・石垣山城跡・名護屋城跡

 以上の内容をまとめると、混沌とした時代から天下人による中央集権化に至るまでを、城の役割の変化から見ることが出来ます。

まとめ①

●中世日本での城郭技術

 日本では古くから城が築かれてきましたが、もっとも発展した時代が戦国時代です。

 古代日本では、城というのは国家規模で築かれるものであると同時に、自然の地形を最大限活用するものでした。 一方、中世になると国家の力が衰えたことで、地方の領主が個々に城を築き始めることになります。 そして中世末期の戦国時代では山の土を削り、曲輪・切岸・土塁・空堀などの構造物が複雑に配置され、防御機能が格段に向上しました。 他にも、古代では土塁の補強材として用いられるに過ぎなかった石垣が、城壁として用いられ始めるなどの技術革新が起こりました。

山城

関連する文化財:

鳥越城跡・一乗谷朝倉氏遺跡・小谷城跡・観音寺城跡・百済寺・甲賀郡中惣遺跡群・伊賀国中惣遺跡群・根来寺

 そして天下人の時代になると、城郭技術も大きく変化します。

 三好長慶は従来の防御重視の山城から、防御と政庁を兼ね備えた山城へと城の持つ役割を変化させました。 この際、権力誇示の目的で大規模な曲輪群を設け、石垣も多用した大規模城郭を築きます。

写真
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関連する文化財:

芥川山城跡・飯盛山城跡

 そして石垣を用いた城郭建築は、織田信長によって大革新を遂げます。 織田信長は石垣を積極的に用い、従来の土の城では重みに耐えられなかった大規模建築物を石垣の上に初めて築きます。 それが天守閣(安土城に限り天主閣)です。 特に安土城は、史上初めて大規模天守閣が築かれたことで知られています。 天守閣は権威の象徴として機能し、その後の城郭建築に多大な影響を与えることになります。 他にも、戦国時代で初めて水堀を用いたことなども含めて、織田信長が城郭建築においてターニングポイントとなったことが伺えます。

写真
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関連する文化財:

小牧山城跡・岐阜城跡・安土城跡

 そして豊臣秀吉によって、城は全体が石垣で築かれる「総石垣城」へと姿を変えます。 大規模な天守閣を擁し、政庁を担う御殿が設けられました。 かつては防衛目的だった城も、豊臣秀吉によって「見せる」城へと姿を変え、それに伴い頑丈な総石垣城が築城されるようになりました。

写真
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関連する文化財:

大坂城跡・大和郡山城跡・石垣山城跡・名護屋城跡

 以上の内容をまとめると、戦国時代において「土の城」から「総石垣の城」へ、築城技術が大きく変化したことがわかります。 そして、その過程で天守閣などの大規模建築物が築かれ始めるなど、世界的に見ても急速な建築技術の進歩を遂げていた時代だという事がわかります。

築城まとめ

●東アジアの大航海時代

 日本での戦国時代は、ヨーロッパでは大航海時代に該当します。 宣教師をはじめとするヨーロッパ人は日本に渡来し、日本の様子や出来事を日記に残しています。 彼らの日記には、戦国時代の城郭が数多く登場します。 その内容は城の様子であったり、その建築技術、更にはその繁栄や没落も記されているなど、重要な資料として知られています。

関連する文化財:

小谷城跡・観音寺城跡・百済寺・伊賀国中惣遺跡群・根来寺

 そして、宣教師がもてなしを受けた場所が、天下人の城です。 天下人の城は、ヨーロッパと日本の交流の場としても機能していたのです。

関連する文化財:

芥川山城跡・飯盛山城跡・岐阜城跡・安土城跡・大坂城跡・名護屋城跡

写真
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 日本人とヨーロッパ人の交流の場となった戦国時代の城郭は、ヨーロッパと日本を繋ぐ記憶遺産でもあるのです。

●まとめ

 以上の内容をまとめると、以下の図のようになります。

まとめ

 独自の技術革新を遂げ、世界的な交流の場ともなった戦国の城郭群は、まさに世界に誇る文化財群と言えます!

2:構成遺産


全部で17の文化財を選んでいます。

  資産名 種別
1 鳥越城跡 加賀一向一揆
2 一乗谷朝倉氏遺跡 地方大名
3 小谷城跡 地方大名
4 観音寺城跡 地方大名
5 百済寺 寺院勢力
6 甲賀郡中惣遺跡群 甲賀郡中惣一揆
7 伊賀国中惣遺跡群 伊賀惣国一揆
8 根来寺 寺院勢力
9 芥川山城跡 三好政権
10 飯盛山城跡 三好政権
11 小牧山城跡 織田政権
12 岐阜城跡 織田政権
13 安土城跡 織田政権
14 大坂城跡 豊臣政権
15 大和郡山城跡 豊臣政権
16 石垣山城跡 豊臣政権
17 名護屋城跡 豊臣政権

3:ギャラリー(クリックすると拡大します)


画像1

2:一乗谷朝倉氏遺跡

画像2

3:小谷城跡

画像3

5:百済寺

画像4

6:甲賀郡中惣遺跡群

画像5

7:伊賀国中惣遺跡群

画像6

8:根来寺

画像7

9:芥川山城跡

画像8

12:岐阜城跡

画像9

13:安土城跡

画像10

14:大坂城跡

画像11

16:石垣山城跡

画像12

17:名護屋城跡

4:似ている世界遺産


イギリス

グヴィネズのエドワード1世王の城郭群(イギリス)

13世紀後半にイングランド王のエドワード1世によって建設された、 中世ヨーロッパの城郭建築を今に伝える城郭群です。

インド

ラジャスタンの丘陵城塞群(インド)

8~18世紀に繁栄したラージプート諸国の権勢を伝える6つの城塞から構成されています。 イスラム教の影響を受けた装飾や庭園が残っているのも大きな特徴です。

琉球

琉球王国のグスク及び関連遺産群(日本)

琉球王国での交流・社会・自然崇拝的な信仰を伝えるグスク跡(城跡)や祭祀拠点から構成されています。 登録されているグスク跡(城跡)はすべて石垣のみの遺構です。

5:イラスト・イメージ図


図1
図2

6:作成者より


今回は戦国時代についての内容をまとめてみました。

城跡って世界遺産になれるの?と、読まれた方は思われたかもしれません。 確かにどれも天守閣などの建物は残っていません。 しかし、石垣などの遺構からは城の規模や構造がわかるので、 石垣といったものにも価値があると言える訳です! イメージとしては、縄文遺跡などの考古遺跡といった扱いになる訳ですね。

あと、実は、織田信長と豊臣秀吉に関する世界遺産って存在しないんです。 意外ですよね~。 彼らは世界史的な視点でも重要人物なので、 彼らに関する世界遺産があってもいいのではないか!と作成者は思うんです!

他にも、私が調査してて疑問に感じたのが、 長崎の潜伏キリシタンは世界遺産として評価されているのに、 仏教徒による共和制を築いていた歴史があまり評価されていない点です。 本願寺の門徒や一向一揆と呼ばれる人々が 城を用いて大名たちに抵抗していたという歴史は、 世界史的に見てもかなり特異です。 なのに国内では、 どうも天下人に対抗したというネガティブなイメージが強い印象を覚えます。 一見地味に思えるような歴史ですが、 名もなき人々が権力に抗い続けたという事実についての 評価を改めてもいいのでは、と調査をしながら強く思いました。 キリスト教は良くて仏教はダメっていう理論はそもそもおかしいですし。

7:参考文献・サイトリスト


  • 著者・加藤理文/監修者・小和田哲男『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』株式会社学研プラス(2017年)
  • 岐阜市・岐阜市教育委員会『国史跡 岐阜城跡』(2015年)
  • 五味文彦 鳥海靖『新もういちど読む山川日本史』株式会社山川出版社(2012年)
  • 諸説日本史図録編集委員会『山川諸説日本史図録(第10版)』株式会社山川出版社(2023年)
  • 世界遺産検定事務局『すべてがわかる世界遺産大事典<上>』株式会社マイナビ出版(2016年)
  • 世界遺産検定事務局『すべてがわかる世界遺産大事典<下>』株式会社マイナビ出版(2016年)
  • 刀剣ワールド/三好長慶の歴史https://www.touken-world.jp/tips/46488/
  • 文化遺産オンラインhttps://bunka.nii.ac.jp/
  • 文化庁 https://www.bunka.go.jp/index.html

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