鎌倉の社寺

鶴岡八幡宮
図

地図

 史上初めて武士による政権が成立した鎌倉には、現在でも武士の信仰や思想を伝える神社仏閣が残っています。 これはヨーロッパに見られる「騎士道」とは異なる、日本独自の「武士道」が成立した起源も伝えています。 そんな神社仏閣が伝えるストーリーは、世界遺産の登録基準に当てはめても違和感がなく、世界遺産になってもおかしくありません!

当てはまる登録基準

(ⅱ)交流 12~14世紀での東アジアの交流から成立した鎌倉文化
(ⅲ)文化・文明 武家文化
(ⅳ)建築・技術 禅様式の建築物と、枯山水の源流
(ⅵ)伝統・宗教・芸術 「武士道」の源泉地

 それでは、この登録基準と概要で述べた内容を、詳細に紹介していきます!

 今でも日本人に根付く思想の原点は、ここにあります。

1:ストーリー
(世界遺産に相応しいと考えられる理由)


●武家による信仰の地

 1185年、源頼朝は後に鎌倉幕府と呼ばれる政治体制を確立し、鎌倉は武家政権の都になりました。 そんな鎌倉には武家政権の守護神や守護仏として扱われる神社仏閣が整備され、鎌倉に住む武士からの崇拝を集めていました。

写真
写真

関連する文化財:

鶴岡八幡宮・鎌倉大仏・荏柄天神社

 鎌倉幕府は1333年に滅亡し、鎌倉の政治都市としての機能は150年ほどで失われました。 しかし、後世の武家政権や東国武士からは、武家の守護神・守護仏が鎮座する場所に変わりありませんでした。 武士達は進んで鎌倉の社寺に参拝するほか、修復や寄進を行ってきました。 鎌倉は、武士階級が廃止される近代に至るまで、武家による信仰の地であり続けたのです。

信仰

●「武士道」の源泉地

 武家政権の中心地だった鎌倉では、幕府によって学問道場を兼ね備えた寺院が多く建立されます。 史上初めて政権を担う武士の学びの場として、これらの寺院は非常に重要な存在でした。 他にも、和漢の書籍を保管する書庫が寺院に設置されるなど、文化的活動が積極的に行われました。 このように、鎌倉幕府によって武家文化醸成の土壌が整えられていきました。

写真
写真

関連する文化財:

覚園寺・浄光明寺・建長寺・称名寺・円覚寺・瑞泉寺

 鎌倉が日本の中心地だった時代は、中国との交流が復活した時代でもありました。 平安時代の国風文化とは異なる国際色豊かな文化が、鎌倉を中心に花開きました。 その象徴的な存在が、禅宗です。 禅宗とは、厳しい修行ではなく座禅などで自分と向き合い続ける修行を行うといった特徴がある仏教の宗派です。 この禅の教えは武士の精神面と似ている箇所が多く、多くの武士に受けられました。

禅

 この禅宗は鎌倉でも人気を集め、多くの禅宗の寺院が築かれ、 禅宗と深い関わりを持つ建築(禅宗様)や庭園(枯山水)も数多く築かれました。

写真
写真

関連する文化財:

寿福寺・建長寺・浄妙寺・円覚寺・瑞泉寺

 そして、鎌倉で醸成されていった文化・学問・思想は後世にも受け継がれていきました。 近代になると、これらの教えは新渡戸稲造によって『武士道』として体系化され、世界に認知されるようになります。

写真
写真

 鎌倉の社寺は、現在の日本人にも見られるような思想の源泉地でもあるのです。

●ストーリーまとめ

 以上の内容をまとめると、以下の図のようになります。

まとめ

 武家にまつわる信仰・文化・思想と深い関係にある鎌倉の社寺は、まさに世界に誇る文化財群と言えます!

2:構成遺産


全部で12の文化財を選んでいます。

  資産名 種別
1 鶴岡八幡宮 信仰/武家の守護神
2 鎌倉大仏 信仰/武家の守護仏
3 荏柄天神社 信仰/武家の守護神
4 寿福寺 禅宗
5 覚園寺 武家文化
6 浄光明寺 武家文化
7 建長寺 禅宗/武家文化
8 浄妙寺 禅宗
9 称名寺 武家文化
10 円覚寺 禅宗/武家文化
11 浄智寺 禅宗
12 瑞泉寺 禅宗/武家文化

3:ギャラリー(クリックすると拡大します)


画像1

1:鶴岡八幡宮

画像3

2:鎌倉大仏

画像2

3:荏柄天神社

画像4

4:寿福寺

画像5

5:覚園寺

画像6

6:浄光明寺

画像7

7:建長寺

画像8

8:浄妙寺

画像9

9:称名寺

画像10

10:円覚寺

画像11

11:浄智寺

画像12

12:瑞泉寺

4:似ている世界遺産


ロドス

ロドス島の中世都市(ギリシャ)

十字軍・聖ヨハネ騎士団がイスラム勢力に対抗するために築いた全長4kmに及ぶ城壁 に守られた中世の要塞都市です。

ヴァレッタ

ヴァレッタ市街(マルタ)

十字軍・聖ヨハネ騎士団がイスラム勢力、特にオスマン帝国の襲撃に備えて建設された城塞都市です。

カイロ

カイロ歴史地区(エジプト)

中世から建造され始めたエジプトの中心都市・カイロに残るモスクなどからなる旧市街です。 イスラムの軍人奴隷であるマムルークに関するモスクも数多く残っています。

5:イラスト・イメージ図


図1
図2

6:作成者より


今回は鎌倉時代の武士についての内容をまとめてみました。

2013年に日本政府から世界遺産候補として推薦されたのが鎌倉です。 当時は「武家の古都・鎌倉」の名称で、 鎌倉の地形的特徴や武家による政治・文化をメインコンセプトにした結果、 「当時のものがほとんど残っていない」や 「地理的特徴のみでは世界遺産に値するとは言えない」 という評価を受け、登録には至りませんでした。

当時のことは、学生ながらに疑問と悔しさを感じたのを覚えています。 そこから独自に研究をし、 調査機関から好印象だった武家の精神面や文化面を示す社寺を中心に 構成遺産とメインコンセプトを再構築してみました。 武家に関係するものの中で、特に国際的な認知度を持つ「武士道」も組み込めば 世界遺産登録も不可能ではないと考えています!

このまま鎌倉が世界遺産にならないというのは、 1人の日本人としても寂しいですし、何よりも勿体ない! このページのような攻め方もあるのではないでしょうか?

7:参考文献・サイトリスト


  • 朝日ビジュアルシリーズ『週刊 日本の世界遺産&暫定リスト 09 鎌倉』朝日新聞出版(2012年)
  • 鈴木大拙著/岩本明美訳『新 禅と日本文化』能登印刷出版部(2022年)
  • 世界遺産検定事務局『すべてがわかる世界遺産大事典<上>』株式会社マイナビ出版(2016年)
  • 世界遺産検定事務局『すべてがわかる世界遺産大事典<下>』株式会社マイナビ出版(2016年)
  • 編・村井章介『東アジアのなかの建長寺ー宗教・政治・文化が交叉する禅の聖地』株式会社勉誠出版(2014年)
  • 「鎌倉」世界遺産への登録を目指して/鎌倉の価値を考える ~世界遺産登録に向けた比較研究から見えたもの~【2020年版】http://www.kamakura-worldheritage.com/wp/wp-content/uploads/2018/05/Kamakura-no-Kachi-wo-Kangaeru2020Full.pdf
  • 文化庁 https://www.bunka.go.jp/index.html
  • 日本遺産ポータブルサイト http://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/index.html

▲ページトップに戻る