なぜ世界遺産なのか
「山そのものが聖地」
紀伊山地では、古くから深い森や山、滝などの 自然そのものを神聖なものとする信仰が育まれてきました。
その信仰を背景に、吉野・大峯、熊野、高野山という 三つの大きな霊場が形成されていきました。
山を「霊場」へと変えていった。
「神道と仏教が出会った場所」
仏教が日本へ伝わると、紀伊山地では 古くからの自然信仰と仏教が結びついていきました。
さらに修験道などの信仰も発展し、 神道・仏教・山岳修行が重なり合う 独自の宗教文化が形成されました。
日本独自の宗教文化が生まれた。
「聖地へ向かう道」
人々は山深い霊場を目指して歩き、 吉野・大峯、熊野、高野山を結ぶ 数多くの参詣道が形成されました。
参詣道は単なる移動のための道ではなく、 神仏の宿る山へ近づくための 信仰と修行の場でもありました。
信仰の一部だった。
「1200年以上続く信仰」
紀伊山地の霊場では、古代から続く信仰や儀礼が 現代まで受け継がれています。
社寺や参詣道だけでなく、その周囲の森林や山岳景観、 そして現在も続く宗教活動までが一体となって、 長い歴史を持つ「聖なる山」の伝統を伝えています。
「聖なる山」は今も生きている。
構成資産
霊場
-吉野・大峰-
-熊野三山-
-高野山-
参詣道
登録基準
世界遺産には、それぞれ「なぜ世界遺産なのか」を示す登録基準があります。 ここでは、紀伊山地の霊場と参詣道が、どの基準でその価値を認められているのかを見ていきます。
宗教文化の交流
自然崇拝と仏教が融合して生まれた独自の宗教文化
紀伊山地では、日本古来の自然崇拝を基盤とする神道と、 大陸から伝わった仏教が長い時間をかけて融合し、 神仏習合や修験道など、独自の宗教文化を形成した。
日本の宗教文化の証拠
1000年以上にわたる日本の宗教文化を伝える聖地群
吉野・大峯、熊野三山、高野山の社寺とそこで行われてきた祭礼や修行は、 1000年以上にわたって発展してきた日本の宗教文化を今に伝える、 貴重な証拠となっている。
独自の宗教建築
山岳信仰から生まれた独特の社寺建築と景観
紀伊山地の急峻な山々を舞台として、自然の地形と一体となった 独特の社寺建築が発展した。 その建築様式は、各地の寺院や神社の建築にも大きな影響を与えている。
聖なる山の伝統
山そのものを聖地とする信仰が今も息づく文化的景観
吉野・大峯、熊野、高野山とそれらを結ぶ参詣道は、 山や森、川などの自然環境と一体となって、 1200年以上にわたり受け継がれてきた聖なる山への信仰を今に伝えている。