富岡製糸場と絹産業遺産群

絹が切り拓いた日本の近代化

富岡製糸場 高山社跡 田島弥平旧宅 荒船風穴

基本情報

🧭所在地群馬県

⏳時代近代

📘構成資産 製糸場や養蚕施設、貯蔵風穴

キーワード

富岡製糸場 木骨レンガ造り 絹産業 養蚕 明治政府 フランス 渋沢栄一 養蚕農家 教育機関 蚕種貯蔵施設 ジャパンシルク

価値

製糸業の近代化を通じ日本の産業化を支えた遺産

なぜ世界遺産なのか

富岡製糸場

「世界から学んだ近代工場」

明治政府は、日本の近代化を進めるため、 フランスの技術を導入して富岡製糸場を建設しました。

最新の製糸技術と機械を取り入れた大規模な工場は、 日本が西洋の技術を受け入れながら 近代的な産業を育てていったことを示しています。

海外の技術を取り入れ、
日本の近代産業が動き始めた。
田島弥平旧宅

「日本を変えた絹産業」

富岡製糸場の役割は、工場の中だけに とどまりませんでした。

養蚕農家、繭を集める施設、製糸場などが結びつき、 高品質な生糸を生産する産業の仕組みが 日本各地へ広がっていきました。

一つの工場ではない。
日本の絹産業全体が、近代化していった。

構成資産

富岡製糸場

富岡製糸場

田島弥平旧宅

田島弥平旧宅

高山社跡

高山社跡

荒船風穴

荒船風穴

×

登録基準

世界遺産には、それぞれ「なぜ世界遺産なのか」を示す登録基準があります。 ここでは、富岡製糸場と絹産業遺産群が、どの基準でその価値を認められているのかを見ていきます。

技術の交流

西洋の製糸技術を受け入れ、日本の絹産業を革新した交流の証拠

富岡製糸場は、フランスから導入した製糸技術を日本の養蚕・製糸の伝統と結びつけ、 高品質な生糸の大量生産を実現した。 その技術は国内で発展するとともに海外にも伝わり、世界の絹産業にも影響を与えた。

近代産業化の証拠

養蚕から製糸までを結ぶ、大量生産システムの先駆的な姿

富岡製糸場と田島弥平旧宅、高山社跡、荒船風穴は、 繭の生産から蚕種の保存、製糸までを支えた一体的な生産システムを示している。 また、洋風と日本の伝統を融合した工場建築は、日本の近代化を象徴している。

▲ページトップに戻る

× 地図