なぜ世界遺産なのか
「世界から学んだ近代工場」
明治政府は、日本の近代化を進めるため、 フランスの技術を導入して富岡製糸場を建設しました。
最新の製糸技術と機械を取り入れた大規模な工場は、 日本が西洋の技術を受け入れながら 近代的な産業を育てていったことを示しています。
日本の近代産業が動き始めた。
「日本を変えた絹産業」
富岡製糸場の役割は、工場の中だけに とどまりませんでした。
養蚕農家、繭を集める施設、製糸場などが結びつき、 高品質な生糸を生産する産業の仕組みが 日本各地へ広がっていきました。
日本の絹産業全体が、近代化していった。
構成資産
登録基準
世界遺産には、それぞれ「なぜ世界遺産なのか」を示す登録基準があります。 ここでは、富岡製糸場と絹産業遺産群が、どの基準でその価値を認められているのかを見ていきます。
技術の交流
西洋の製糸技術を受け入れ、日本の絹産業を革新した交流の証拠
富岡製糸場は、フランスから導入した製糸技術を日本の養蚕・製糸の伝統と結びつけ、 高品質な生糸の大量生産を実現した。 その技術は国内で発展するとともに海外にも伝わり、世界の絹産業にも影響を与えた。
近代産業化の証拠
養蚕から製糸までを結ぶ、大量生産システムの先駆的な姿
富岡製糸場と田島弥平旧宅、高山社跡、荒船風穴は、 繭の生産から蚕種の保存、製糸までを支えた一体的な生産システムを示している。 また、洋風と日本の伝統を融合した工場建築は、日本の近代化を象徴している。