なぜ世界遺産なのか
「海を越えた交流の証」
4世紀から9世紀にかけて、沖ノ島では 航海の安全を祈る祭祀が行われていました。
そこには日本列島だけでなく、朝鮮半島や中国大陸など 海外からもたらされた貴重な品々が 数多く奉納されました。
古代東アジアの交流を物語る。
「今も続く、神を祀る伝統」
沖ノ島への信仰は、古代の祭祀が終わった後も 宗像三女神への信仰として受け継がれてきました。
沖ノ島の沖津宮、大島の中津宮、九州本土の辺津宮、 そして沖ノ島を遠くから拝む遥拝所など、 海を介して結ばれた信仰の場が現在も残されています。
今も「神宿る島」を守り続けている。
構成資産
登録基準
世界遺産には、それぞれ「なぜ世界遺産なのか」を示す登録基準があります。 ここでは、宗像沖ノ島が、どの基準でその価値を認められているのかを見ていきます。
東アジアの文化交流
古代の海上交流が生み出した、祭祀と文化の交流の証拠
沖ノ島では、4世紀後半から9世紀末にかけて、 日本列島・朝鮮半島・中国大陸との交流を背景とした祭祀が行われた。 その遺物や祭祀の変化は、古代東アジアにおける活発な交流と 日本文化の形成過程を今に伝えている。
「神宿る島」の伝統
古代から現代まで受け継がれる、島への信仰の稀有な証拠
沖ノ島には、約500年間にわたる古代祭祀の遺跡がほぼ手つかずで残されており、 その後も島を神聖な存在として崇拝する伝統が受け継がれてきた。 沖津宮・中津宮・辺津宮へとつながる信仰は、現在も続いている。