石見銀山遺跡とその文化的景観

世界を動かした日本の銀山

龍源寺間歩 大森地区 銀山街道 沖泊

基本情報

🧭所在地 島根県

⏳時代戦国時代~江戸時代

📘構成資産 銀山跡・鉱山町・港・街道など

キーワード

銀山 ジャパン・シルバー 大航海時代 灰吹法 間歩 江戸幕府 代官所 銀山街道 積み出し港 港町 文化的景観

価値

世界の銀流通に影響を与えた鉱山と文化的景観

なぜ世界遺産なのか

石見銀山遺跡

「世界を動かした石見の銀」

16世紀から17世紀初頭、石見銀山では 大量の銀が生産されました。

その銀は日本国内だけでなく、 東アジアやヨーロッパとの交易にも使われ、 大航海時代の世界的な商業・文化交流にも つながっていきました。

山の中で掘られた銀が、
世界の交易を動かしていた。
石見銀山の坑道

「手仕事で生み出された大量の銀」

石見銀山では、中国から朝鮮半島を経て伝わった 灰吹法などの技術を取り入れながら、 日本独自の銀生産の仕組みが発展しました。

採掘から精錬まで多くの職人や小規模な事業者が関わり、 手作業を中心とした労働集約型の生産によって 高品質な銀を大量に生み出していました。

大規模な工場ではなく、
多くの人の手が銀を生み出した。
温泉津

「銀山から港まで残る景観」

石見銀山に残るのは、銀を掘った坑道だけではありません。 鉱山集落、街道、港町など、 銀の生産から輸送までに関わった場所が残されています。

銀山で働く人々の暮らしと、 銀を運び出すための交通や港が一体となって残ることで、 当時の鉱山社会の全体像を知ることができます。

銀山だけではない。
「銀を生産する社会」そのものが残っている。

構成資産

龍源寺間歩

銀山柵内

大森地区

大森地区

代官所跡

代官所跡

熊谷家住宅

熊谷家住宅

五百羅漢

五百羅漢

石見城

石見城など

石見銀山街道

石見銀山街道

鞆ヶ浦・沖泊

鞆ヶ浦・沖泊

温泉津

温泉津

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登録基準

世界遺産には、それぞれ「なぜ世界遺産なのか」を示す登録基準があります。 ここでは、石見銀山遺跡が、どの基準でその価値を認められているのかを見ていきます。

世界との交流

銀の大量生産を通じて、東アジアとヨーロッパを結んだ鉱山

16~17世紀に大量の銀を産出した石見銀山は、 日本と東アジア・ヨーロッパとの交易や文化交流を促し、 大航海時代の世界経済にも影響を与えた。

銀生産技術の証拠

日本独自の銀生産を支えた技術と労働の仕組み

採掘から精錬までを小規模で労働集約的な事業者が担う仕組みが発達し、 日本独自の銀生産を支えた。 銀山には、その技術や生産活動を示す遺構が良好に残されている。

銀山が生んだ文化的景観

銀の生産から輸送・交易までを伝える歴史的な土地利用

鉱山、製錬施設、集落、街道、港などが一体となって残され、 銀の生産から輸送・積み出しまでを支えた土地利用の姿を伝えている。 森林に覆われた現在の景観にも、その歴史が刻まれている。

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× 地図
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戦国時代

石見銀山の開発が始まり、大航海時代に影響を与える

江戸時代

江戸幕府の財政を支える役割を担う